
野川散策と仙川アート・カルチャーを感じる路です。

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関東大震災で焼失した上野広小路の六阿弥陀第5番の寺が、昭和8年(1933)に当地に移転してきました。
これが現在の常楽院です。
住職本多慈祐は、作曲家名・本多鉄麿として「思い出のアルバム」を作曲しました。
平成8年(1996)に慈祐没後30年を記念して、境内には思い出のアルバム歌碑が建てられています。
●所在地/西つつじヶ丘4-9-1
陵山を二分して老樹に囲まれた低所に明照院、高所に糟嶺神社があります。
明照院は16世紀中旬に開かれた寺で、観音堂に祀る弁財天は、美人の神様として調布の七福神めぐりのひとつとなっています。
糟嶺神社は農業の神糟嶺大神を祀っています。
鳥居近くのクロマツは樹齢500年前後と考えられています。
●所在地/糟嶺神社 入間町2-19-13
明照院 入間町2-19-12
寺町の南側には「大坂(若葉町3丁目第3緑地)」と呼ばれる坂道があります。
曲がりくねった雑木林の坂道は江戸時代から昭和にいたるまで主要道であり、今でも武蔵野の面影を色濃く残しています。
●所在地/若葉町3丁目
甲州街道は江戸幕府直轄の五街道の一つで、日本橋を起点に甲府を経て、下諏訪宿で中仙道に合流します。幕府は、主な街道に一里ごとに塚を築き、塚の上には松や榎を植えて街道を整備しました。
仙川の一里塚は、江戸日本橋を起点にして、5里(約20キロメートル)の距離にありました。
現在は跡地に標柱が建っています。
●所在地/仙川町3-2
仙川領主の飯高主水貞政が快要法印を師と仰ぎ、昌翁寺を建立して菩提寺としました。
貞政は、もと今川義元の家臣でしたが徳川家康に帰属し、戦攻により旗本となり下仙川村の領地を与えられました。
御本尊のほか、聖観音、不動明王、閻魔大王、寿老人(調布七福神)安置しています。
●所在地/仙川町3-7-1